I-9. 腿から生まれたディオニュソス

アポロンやアルテミス、アテナが生まれながらにして神であったのに対し、長い旅路の末に天上に舞い戻り、例外的に神となった者があります。

自分には素質や才能があるだなんて、思い込みに過ぎないのかもしれません。

でも、一にも二にも信じて行動を重ねていけば、人の評価は後から付いてくるものです。

Gustave Moreau《ジュピターとセメレ》1894-1895

知恵の女神アテナはゼウスの頭から飛び出してきましたが、ゼウスの腿から出たといえば酒の神ディオニュソスです。

彼はゼウスがテバイの王女セメレに身ごもらせた子供でした。正妻ヘラはセメレの妊娠を憎み、ヘラに陥れられたセメレは、妻に会う時の姿で自分に会ってほしいとゼウスにせがみます。ゼウスはセメレの願いをすべて受け入れるという誓いをあらかじめ立てていたため、これに逆らうことができず、雷霆を携えて彼女の前に現れます。神でないセメレはこれに耐えられるはずもなく、焼け死んでしまいますが、ゼウスは彼女の亡骸から胎児を取り出して自分の腿にくくり付け、そのまま臨月を迎えたといいます。

「自分をたぐいまれな存在だと思い込む」ことを、ゼウスのローマ神話名ジュピターを用いて « se croire sorti de la cuisse de Jupiter »(自分がジュピターの腿から出たと信じる)と言います。これは自信家な人間を揶揄した表現ですが、実際、ディオニュソスは、死すべき者であるところの人間を母に持つため、本来ならば天上の神々の定義から逸脱しています。彼が神々の列に加えられたのは、地上を彷徨いながら数多の信者を獲得して自分の神性を誇示し、ついには冥府まで降って、亡き母を救い出した後のことでした。