II-13. オデュッセウスの犬

形あるものは何ひとつとして、時の流れに身を置くことを免れないけれど。

幾星霜を経ても変わらないものが、確かに感じられるのです。

目に見えなくとも、手に取れなくとも。

オデュッセウスが長い旅路の末に妻ペネロペの待つイタケ国に辿り着いた時(参照:ペネロペの布)、彼は邸に押し寄せる輩を欺くため、女神アテナの助力によって年老いた乞食に成りすましていました。この姿を見てすぐに正体に気付いたのは、彼の愛犬アルゴスのみでした。老犬は主人を認めるやいなや、力を振り絞って喜びを示した後、その場で息絶えたといいます。このことから、« le chien d’Ulysse »(オデュッセウスの犬)は「非常に忠実であること」のシンボルになりました。ギリシア神話の「忠犬ハチ公」といったところでしょうか。

『オデュッセウス』(1835)、John Flaxman による挿絵《主人を認めて喜びのうちに死すアルゴス》

II-12. ペネロペの布

旅立つ背中を見送ってから、眠れない夜を何度数えたことでしょう。

帰る場所を守るため、変わらない日々を紡ぐのもまた、試練なのかもしれません。

イタケの王オデュッセウスが長い冒険に身を投じている間、故郷に残された妻や息子にも、それぞれの闘いがありました。『オデュッセイア』は、英雄の家族の物語でもあるのです。

英雄の出国時には生まれたばかりだった息子テレマコスが青年に達する頃。オデュッセウスの帰郷があまりにも遅いので、イタケでは王はすでに死んだものと噂されていました。そんな中、テレマコスは父の行方を求めて自らも旅に出ます。

John William Waterhouse《ペネロペと求婚者たち》1912

一方で妻ペネロペは、邸に押し寄せる数多の男たちの求婚を懸命に退けていました。今織っている布が出来上がったら結婚を考えるという条件を出して、彼らを待たせたのです。昼間に布を織り、夜になるとひそかに解きほぐして、翌日また織る。この繰り返しですから、布が出来上がるはずもないのですが。こうして3年間をやり過ごした « un toile de Pénélope »(ペネロペの布)は、「際限なく繰り返される仕事」を意味する慣用表現となりました。

夫を信じて待ち続けたペネロペの忍耐は報われ、20年ぶりにイタケの地を踏んだオデュッセウスは同時期に帰国していた息子と手を組んで求婚者たちを蹴散らし、家族は再会を果たすこととなります。

II-11. オデュッセイア

一難去ってまた一難。

人生は長い旅路のようなもので、理不尽に見舞われることも多々あるでしょう。

それでも乗り越えていけるのは、帰る場所があってこそです。

ホメロスのもうひとつの作品とされる『オデュッセイア』は、トロイア戦争を描いた『イリアス』の続編にあたります。物語の主人公はイタケの王オデュッセウス。ギリシア勢きっての知将で、あのトロイの木馬作戦を考案し、ギリシアを勝利に導いたのも彼でした。

叙事詩が描くのは、この英雄の帰国譚です。10年にわたる戦争が終結した後、妻の待つ故郷を目指して出航したオデュッセウスですが、彼が幾多の困難を乗り越えて国にたどり着くまでにはさらに10年もの年月を要することになります。というのも、旅の途中でひとつ目巨人ポリュペモスに捕らえられた英雄は、やはり巧みに逃げおおせますが、その際に巨人の目を潰して侮辱したために、巨人の父である海神ポセイドンの根深い恨みを買ったのでした。

Jacob Jordaens《ポリュペモスの洞窟にいるオデュッセウス》17世紀初頭

彼の経験したような「波乱万丈の冒険や人生」を、作品名をとって « une odyssée »(オデュッセイア)と表すことがあります。