I-4. プロメテウスの企て

この寒い季節に心を温める「火」のお話。

火のエレメントは情熱を象徴します。熱い気持ちが激る時、人は無謀な挑戦をすることもあるでしょう。それも大切な人を想えばこそ。

今あなたの身近にあるその当たり前の幸せは、誰かが手に入れてくれたもの、守り抜いてくれたものなのかもしれません。

Jan Cossiers《火を運ぶプロメテウス》1630

怒ると怖いゼウスに何度も反逆した人類の恩人がプロメテウスです。彼はティタン神族でありながら、ゼウスが勝つ未来を見据えてオリンポス神族に味方したため、戦いの後も神々と人間の間を行き来することをゼウスに許されていました。

しかし彼は、神々と人間の肉の取り分を決める時に、あろうことかゼウスを欺き人間が美味しい部分を得られるよう謀ったがために、ゼウスの恨みを買うことになります。肉を焼けぬよう、ゼウスが人間から火を奪った時にも、プロメテウスが火種を盗み出して人間に与え、火の起こし方や使い方を教えました。こうした果敢なプロメテウスの企ての数々から、« se lancer dans une entreprise prométhéenne »(プロメテウスの企てに身を投じる)というと、「危険を冒す」ことを意味します。文字通り、「火遊びをする」という意味合いに近いかもしれません。

ところがゼウスは、プロメテウスになにやら重大な秘密を握られているらしく、強く出ることが出来ません。痺れを切らしたゼウスは、人間にはパンドラを送り込み、プロメテウスには秘密を吐くまでコーカサス山に鎖で繋ぎ、大鷲に肝臓を啄ませるという拷問を課すことにしました。不死の身体を持つプロメテウスの肝臓はその都度修復するので、この苦しみは延々と繰り返されます。

Peter Paul Rubens《縛られたプロメテウス》1611-1612

ついにプロメテウスが明かしたゼウスの秘密とは、海の女神テティスとの間に子を成してはならないということでした。なんでも、テティスは父親を凌ぐ子を産むという運命にあるらしいのです。そして、実に好色なゼウスは秘かに彼女を狙っていたところでした。これを聞いてゼウスはプロメテウスを解放しましたが、テティスは確かに父親を上回る英雄アキレウスを産むことになります。

パンドラやアキレウスについては、また後ほど…。

※ プロメテウス Promêtheús は古代ギリシア語で « Prévoyant »(予見者、先見の明がある)の意

I-3. ゼウスの雷

ギリシア神話の「カミナリ」おやじ、ゼウスの力にまつわるお話。

クロノスが土星であったのに対して、ゼウスは「拡大」や「発展」を示す木星に相当します。

世界を新しい秩序のもとに統制したゼウスですが、その力は他者から授けられたものでした。幸運の星は、仲間あってこそ活かせるものなのでしょう。

ティタン神族の圧倒的な力を前にして苦戦するオリンポス神族でしたが、ゼウスは、ウラノスやクロノスによって地下に幽閉されていた、これまた巨人族であるキュクロプスたちを解放し、味方につけます。

この時キュクロプスたちは、ハデスに「かくれ帽」を、ポセイドンに「三叉の矛」を、そしてゼウスに強烈な光を放つ「雷霆」を与えました。これを以て彼らはティタン神族を倒し、ゼウスが天地を、ポセイドンが海を、ハデスが冥界を領分とします。

Cornelis van Haarlem《打ち負かされるティーターン》c.1588

天地を統べる最強の « Tonnerre de Zeus »(ゼウスの雷)は、通俗的に「激しい怒りを示すののしり言葉」という意味で使われます。日本でも、怒鳴りつけたり叱責したりすることを「雷を落とす」と表現しますが、大神ゼウスに雷を落とされたら一巻の終わりですね。

I-2. ティタンの仕事

クロノスは土星、すなわち「試練」や「忍耐」の星に相当します。

その試練を乗り越えれば、あなたも「ティタンの仕事」を成し遂げることができるかもしれません。

Francisco de Goya《我が子を食らうサトゥルヌス》1819-1823

成長したゼウスは、父クロノスに薬を飲ませ、呑み込まれた兄姉たちを吐き出させることに成功します。そして、出てきたポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテル、ヘスティアらは、ゼウスに率いられて父らティタン神族に戦いを挑みます。

しかし、クロノスが5人もの子どもたちを丸呑みしていたことからもわかるように、天(ウラノス)と地(ガイア)から生まれたティタン神族は巨大で、圧倒的な力を誇っていました。

このことから、 « faire un travail de titan »(ティタンの仕事をする)といえば「驚異的な大仕事をする」ことを意味し、超大作を指して « œuvre de titan »(ティタンの作品)と形容することもあります。

I-1. 豊穣の角

ギリシア神話の世界では、笑ったり怒ったり、恋もすれば嫉妬もする、実に人間味あふれる沢山の神々が、いきいきと物語を織り成しています。そんな神々の性格がよく表れたフランス語のイディオムを集めてみました。

まずは、オリンポスの頂点に君臨する大神ゼウスの誕生にまつわる、「豊穣の角」と山羊座のお話。

たっぷりの「ありがとう」と、ちょっぴりの「ごめんね」で出来た、とある愛の形です。

ゼウスの父であるクロノスは、自らが父ウラノスを倒して支配権を握ったのと同様に、いずれ自分の息子にその座を奪われるだろうという予言を恐れ、妻レアの産んだ子を次々と呑み込んでいました。レアはそれが面白くなく、ゼウスが生まれた時、この子の代わりに石をくるんだものを夫に呑ませ、子供はクレタ島で秘かに育てさせることにしました。

Jacob Jordaens《幼子ゼウスとアマルテイア》c.1640

ゼウスの養育を引き受けたのは、山羊のニンフ、アマルテイアでした。ゼウスは養母の角を一本折ってしまいますが、後に、この角に果物や花々を生み出す力を与えて返しました。これが « La corne d’abondance »(豊穣の角)で、「豊かさの象徴」、「無尽蔵の富の源」を示す慣用表現になっています。

後にゼウスは、感謝の気持ちからアマルテイアを天に上げ、それが山羊座となりました。

Mabel S. Kelton《水彩画:果物のコルヌコピア》v.1939

参考文献

参考文献や参考URLの一覧です。※順不同・随時更新

【ギリシア神話】
・Pierre Gautruche, L’Histoire poëtique, pour l’intelligence des poëtes & des autheurs anciens, Paris : Nicolas Le Gras, 1681.
・Jean Seznec『神々は死なず : ルネサンス芸術における異教神』、高田勇 訳、美術出版社, 1977.
・ホメロス『イリアス』上・下、松平千秋 訳、岩波書店, 1992.
・アポロドーロス『ギリシア神話』、高津春繁 訳、岩波書店, 2017.
・オウィディウス『変身物語』上・下、中村善也 訳、岩波書店, 1981/1984.
・阿刀田高『私のギリシャ神話』、集英社文庫, 2011.
・高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店, 1993.

【フランスの歴史と文化】
・Jean Roussert『フランス バロック期の文学』、伊藤廣太・齋藤磯雄・齋藤正直 他 訳、筑摩書房, 1970.
・Philippe Beaussant『ヴェルサイユの詩学』、藤井康生 訳、平凡社, 1986.
・Sylvie Weil et Louise Rameau『フランス故事・名句集』、田辺保 訳、大修館書店, 1989.
・William Ritchey Newton『ヴェルサイユ宮殿に暮らす : 優雅で悲惨な宮廷生活』北浦春香 訳、白水社, 2010.
・ Guy Breton『フランスの歴史をつくった女たち』、第3巻、田代葆 訳、中央公論社, 1994.
・ Guy Breton『フランスの歴史をつくった女たち』、第4巻、曽村保信 訳、中央公論社, 1994.
・『フランス王室一〇〇〇年史 : ヨーロッパ一の大国、四王家の栄枯盛衰』新人物往来社 編、新人物往来社, 2012.
・Château de Versailles | Site officiel < https://www.chateauversailles.fr/ >
・Expressions Françaises < http://www.expressions-francaises.fr/ >

【西洋占星術】
・Roland Legrand, Cours complet d’astrologie pratique: Les bases essentielles de l’astrologie, ABLAS astrologie, 1983/2020.
・Shana Lyès, Astrolove : Mieux se connaître grâce à l’astrologie pour une vie amoureuse épanouie, Paris : HarperCollins France, 2021.

【その他】
・Charles Perrault, Contes des fées, par Charles Perrault, de l’Académie française, Pais : Guillaume, 1817.
・Jean de la Fontaine, Fables choisies , mises en vers par M. de La Fontaine, Paris : Claude Barbin, 1668.
・Jean de la Fontaine, Les amours de Psyché et de Cupidon, Paris : Ménard et Desenne fils, 1821.