このことから、 « le talon d’Achille »(アキレウスのかかと)、すなわち「アキレス腱」に当たる部分が、「弱点」、「急所」を指す慣用表現となりました。『イリアス』においてアキレウスは親友の仇ヘクトルを討ち取りますが(参照:テントに引きこもるアキレウス)、叙事詩が幕を下ろした後、やがて、パリスにかかとを射抜かれて深手を負い、命を落とします。
物語はギリシアの豪傑アキレウスの「怒り」に焦点を当てて展開します。彼の怒りの契機は、妾として愛していた女奴隷ブリセイスを自軍の総大将アガメムノンに奪い取られたことでした。怒れる英雄が自身の陣営に引きこもって出て来なくなってしまい、ギリシア側は次第に窮地に追いやられていきます。 « se retirer sous sa tente »(自分のテントに引きこもる)という表現はこの時のアキレウスの様子を指し、「怒りにまかせて大義名分を投げ打つ」ことや、「すねて孤立する」ことを意味します。
時は流れ、ヘラクレスはオイカリアを攻略し、王女イオレを捕虜としました。これを知ったデイアネイラは、夫の愛を失うことを恐れて、ネッソスの体液を夫の下着に染み込ませてヘラクレスに送りつけます。ヘラクレスが何の疑いもなくそれを着ると、ゆっくりと「薬」が効き始めました。布は皮膚にこびり付き、剥がそうとすれば肉もろとも崩れ落ちます。デイアネイラが恋の薬と信じたネッソスの体液には、ヘラクレスがこれを射抜いた矢尻に塗り込まれたヒュドラの猛毒が含まれていたからです。英雄を苦しめたこの « la tunique de Nessus »(ネッソスの衣)は、「毒入りの贈り物」、あるいは抽象的に「心を引き裂くような情熱」、「精神的な束縛」を意味する表現になりました。ヘラクレスは無惨な姿のまま妻の元に運ばれ、デイアネイラは自らがしでかしたことを悟って首をくくりました。
ヘラクレスは不死身の人喰いライオンを窒息するまで締め上げ、ひとつ頭を落とせばふたつ頭が生えてくる巨大な海蛇の怪物ヒュドラを大岩の下敷きにし、次々と偉業を達成していきます。こうして彼が成した12の功績を踏まえて、 « un travail d’Hercule »(ヘラクレスの仕事)という言葉が「尋常でない大業」を意味する表現になりました。
英雄が片付けたのは怪物だけではありません。彼の大仕事のうちひとつが、エリス王アウゲイアスの家畜小屋の掃除でした。この王は3000頭もの牛を所有していましたが、その小屋は30年間掃除されておらず、惨憺たる状態でした。ヘラクレスは、付近を流れるふたつの川の流れを捻じ曲げ、小屋に貫通させることで、これをたった一日で掃除してみせたのでした。このことから、 « nettoyer les écuries d’Augias »(アウゲイアスの家畜小屋を掃除する)という表現は、すなわち「腐敗したところを一掃する」という意味になります。