II-3. 糸を紡ぐヘラクレス

幾多の怪物を蹴散らしたヘラクレスでも、まるで歯向かうことのできない相手がこの世に存在しました。

百戦錬磨の英雄を飼い慣らしたのは、魔法も神技も持たない、とある女性だったのです。

神託に従って12の功業を成し自由の身となったヘラクレスでしたが、ヘラの恨みは根強いものです。再び狂気に囚われ、友人であったオイカリア王子イピトスを殺してしまいます。この罰として、今度は奴隷として身を売られることになりますが、この時ヘラクレスを買ったのがリディアの女王オムパレでした。彼女はその素性がかの英雄とは知らず、なかなか専横な女主人としてこの立派な風格の奴隷を尻に敷きます。

François Lemoyne《ヘラクレスとオムパレ》1724

後代の作家たちの伝えるところによると、女王のそばに侍る時、英雄の猛々しさは息を潜め、オムパレはヘラクレスから取り上げたライオンの毛皮を羽織り棍棒を持って男のように振る舞い、一方でヘラクレスは女王から借り受けた女の衣をまとって糸紡ぎに勤しむという有様だったといいます。 « filer doux »(おとなしく糸を紡ぐ)という表現はこのヘラクレスの様子からきており、「従順な振る舞いをする」、「言いなりになる」、「おとなしく従う」という意味になります。

とはいえ、その間にも外で数々の仕事をこなしたヘラクレスは、やがてオムパレに認められ、正体をあらわにして夫となり、リディアで穏やかなひと時を過ごすのでした。