III-1. パンドラの箱

神々や英雄のみならず、魅力的な人間が数多く登場するのもギリシア神話の楽しみです。個別のエピソードがよく知られ、彼・彼女らの名をしてその特徴を持つ人・物を形容することがしばしばあります。

まずは、地上初の女性、パンドラのお話。

人間だもの。あれもこれも、ぜんぶ欲しくなってしまうし、いけないとわかっていても、我慢できるものじゃない。

だけど、「やってしまった」と気付いた時にはもう…、ううん、諦めるのは、まだ早いかもしれませんよ。

プロメテウスに火を盗まれたゼウスが、人間への復讐のために泥から作らしめたパンドラには、“すべての賜物を与えられた女”なる名の通り、あらゆる魅力が神々から授けられました。そして彼女は、“開けてはならない”ひとつの箱を持たされて、地上へと送り出されたのです。行き先は、プロメテウスの弟、エピメテウスの所でした。

この男は、兄の再三の忠告にもかかわらず、パンドラを妻としました。禁止されるとますますしたくなるのが人間の性なのです。『浦島太郎』も玉手箱を開けずにはいられませんでしたが、それはパンドラとて同様でした。彼女が箱を開けた途端、中から飛び出したのはありとあらゆる災厄でした。慌てて蓋を閉じた時には、“希望”のみが底に残ったといいます。

John William Waterhouse《パンドラ》1896

こうして« la boîte de Pandore »(パンドラの箱)が「諸悪の根源」となったわけですが、人間は幾多の困難に苛まれてもなお、希望だけはその身に携えて生きるのです。