I-7. 完全武装で生まれたアテナ

ギリシア神界最大の女神とも称される知恵の女神アテナ。

この女神の誕生はゼウスの支配を揺るぎないものとしますが、彼女を生み出す過程は、大神ゼウスといえど容易くはありませんでした。

それなりのものを得るためには、頭が痛くなるほど考え抜くことも必要なのです。

燦々と輝く兄アポロンに隠れて、妹アルテミスはすっかり目立ちません。月にまつわる神格は多く存在しますが、アルテミスは特に生まれたての三日月を想わせる乙女。この内気な月の女神が目につきにくいのは、処女神という共通の性質を持つ別の女神アテナの存在感が強いためでもあるでしょう。

アテナの母は、ゼウスの最初の妻であった女神メティスでした。メティスは、クロノスに子供たちを吐き出させるための薬を用意した、賢い「思慮」の女神です。しかしゼウスは、メティスがすでにアテナを身ごもっている時、この娘の後にメティスから産まれる男の子に己の座を奪われるであろうという予言を恐れて、身重の妻を呑み、自身の体内に取り込んでしまいます。娘はそのままどんどん成長し、いよいよ限界まで達すると、ゼウスは自分の頭を斧で叩き割らせます。するとたちまち、すっかり武装を固めたアテナが勢いよく飛び出してきたのでした。

René-Antoine Houasse《ジュピターの頭から完全武装で生まれるミネルヴァ》~1688

ゼウスの頭から生まれ出る女神の様子からきたのが « une idée sortie toute armée de la tête de quelqu’un »(~の頭から完全武装して出てきた考え)という表現で、「異論の余地のない、あらかじめ完全に出来上がったアイデアや計画」を意味します。アテナはこの生まれから、ゼウスの数ある子供たちの中でも特にお気に入りの娘となります。

彼女は見ての通り戦争を司る女神ですが、母の資質を受け継ぎ、戦争とは言ってもただ力に訴えるのではない理知的な側面を好み、冷静な指導者として数々の英雄を導きました。彼女の活躍は戦時に限らず、平時は音楽や織物、陶芸など種々の技術の女神として、自身の名を冠する都市国家を守護しました。