I-6. アポロンの月桂冠

美女の代名詞がアフロディテなら、美男はアポロンでしょう。

太陽神とされるアポロンですが、太陽は、外に向けて表現していく積極的な自己像を司ります。

眩しいばかりに見えるあの人も、輝きの陰に失敗や痛みを隠し、努力を重ねているのかもしれません。

壮齢のゼウスに対し、息子アポロンは凛々しい青年の姿で想起され、« C’est un vrai Apollon »(真のアポロンだ)と言えば「非常に美しい人だ」という感嘆の念を示すことになります。彼の母である女神レトは、ゼウスの正妻ヘラの嫉妬を受けてあらゆる大陸で出産することを阻まれましたが、小さな浮島であったデロス島に逃れ、やっとの思いで双子を産み落としました。兄アポロンは太陽神、妹アルテミスは月の女神とされ、フランスに絶対王政を敷いたルイ14世の異名「太陽王」はアポロンに由来しています。

芸術、弓、医術、予言、牧畜、哲学など、様々な技芸に秀でたアポロンを、歴代の権力者はこぞって自らに結び付けようとし、アポロンの神木である月桂樹の冠を戴きました。例えばカエサルやナポレオンが思い浮かぶでしょう。「過去の栄光の上にあぐらをかいて努力しない」ことを、皮肉を込めて « s’endormir sur ses lauriers »(月桂樹の上で眠り込む)と言います。

Jean Auguste Dominique Ingres《玉座のナポレオン》1806

栄光の象徴とされる月桂樹ですが、実はアポロンの悲恋の形見でもあるのです。ある時、エロスが小さな弓矢で遊んでいたのを、弓の腕を誇るアポロンがそそのかしました。アフロディテの子ともされるエロスは、幼く愛らしい姿ながら、恋心を操る手強い神。エロスは恋を吹き込む金の矢でアポロンを、そしてもう片方の恋を厭わせる鉛の矢で河の娘ダフネを射抜きます。

Carlo Maratta《ダフネを追うアポロン》1681

アポロンはたちまちダフネに惚れ込み、一方で彼女は逃げまどうばかり。アポロンの手が触れた瞬間、ダフネは父である河の神に強く願い、みるみるうちに月桂樹の木に姿を変えてしまいます。二度と会えない彼女を忘れまいと、アポロンはその枝を額に巻きつけたのでした。